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日本に逃れたロヒンギャ 「戻る場所ない」難民申請

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日本で難民申請をしているロヒンギャの(左から)サイド・アハメドさん、ハシナ・カトゥンさん、マズマさん。スマホで関連のニュースをチェックしている=千葉県市川市、飯塚晋一撮影

 ミャンマーで治安部隊による大規模な掃討作戦を受けている少数派のイスラム教徒ロヒンギャ。迫害が強まった今年、日本にも3人の親子が逃れてきた。だが、日本で難民として受け入れられるかは不透明だ。
 千葉県市川市の住宅。ロヒンギャのサイド・アハメドさん(70)は故郷の惨状を伝えるニュースをスマホで見て、ため息を漏らした。今年5月、家族3人で日本へ逃れてきた。

 「人として安全に住めるなら故郷に戻りたい。でももう無理だ。戻る場所がないんだから」

 故郷はミャンマー西部ラカイン州。国境沿いのマウンドーにある村で、先祖代々暮らしてきた。昨年10月、近くの村が治安部隊によって焼き払われ、住民らが逮捕された。親戚の1人も捕まった。大規模な掃討作戦のはじまりだった。

 12月、警察署にアハメドさんの名前が手配対象として張り出された。小学校の校長を務め、軍政に反対した過去がある。逮捕を逃れるため、親族の家を転々とし、年明けを迎えた。「もうここでは生きられない」。1月、妻ハシナ・カトゥンさん(59)、三女マズマさん(24)と逃亡を決断した。

 日が落ちるのを待ち、衣類を詰めたカバン一つと生活費を手に家を出た。苦労して建てた家を振り返り、涙があふれた。

 ジャングルや山道を通り抜け、1週間かけて2キロ先のバングラデシュ国境にたどり着き、先に避難していた親族の家に駆け込んだ。

 長男モハメッド・サリムさん(42)が2003年に日本に入国し、定住者資格を得て市川市ケバブレストランを経営していた。長男を頼り、3人は日本への3カ月の短期滞在のビザを取得。5月から長男宅に身を寄せている。

 現地からの情報によると、9月5~6日、故郷の村は半分にあたる約400軒が焼き払われたという。5人の住民は家ごと焼き殺された。全員知り合いで、うち1人は親族だった。命からがら逃れた親族から電話があった。「あなたたちの家も焼かれてしまった」

 治安部隊はテロ組織を掃討する名目で作戦を展開している。だが、「地元でテロに参加した人なんて一人も知らない。無関係な人が殺され、性的な暴行を受け……」とアハメドさんは言う。

 国際社会からは、状況を改善できないアウンサンスーチー国家顧問への批判もあるが、アハメドさんはスーチー氏への期待は捨てていない。「軍の力がまだ強いだけ。いつか変えてくれるはず」

 ビザが切れる8月、日本で難民申請を出した。結果はまだ出ていない。

■認定へ高い壁

 日本には他にも、ラカイン州から逃れてきたロヒンギャが住んでいる。

 群馬県館林市に住むロイス・ラハマンさん(44)は差別で自由に仕事もできず、インドネシアを経て来日した。故郷の村はこの夏、焼き払われた。残してきた両親と3人のきょうだいとは、2カ月前から連絡が取れない。「殺されてしまったのか、どこかに逃げているのか……」

 ムハマド・アドゥラさん(36)も館林市に住む。5人のきょうだいが故郷に住むが、治安部隊や仏教徒に襲われるのを恐れ、村から出られないという。

 2人は日本に来て約10年。難民申請は却下され、不法滞在の状態だ。仮放免されているが、仕事や移動の自由はなく、不安定な生活が続く。「地元に帰れというのか。帰れないのは誰の目にも明らかなのに」

 日本でロヒンギャの難民申請が認められるケースは少ない。渡辺彰悟弁護士によると、今年2月時点で認定は18人だけ。78人は人道的理由による在留特別許可を得たが、14人は就労の権利などがない仮放免。2人は収容所にいる。

 日本の難民認定はハードルが高い。申請者は6年続けて過去最多で昨年は1万人を超えたが、認定は28人(昨年)だけ。渡辺弁護士は「日本は母国で政治犯として逮捕されるなど個別の事情がないと認定しない傾向にある」と指摘する。今回はロヒンギャ全体への迫害が深刻なため、「広く申請を認めるべきではないか」と話している。(高野遼

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 〈ロヒンギャ〉 仏教徒が大半を占めるミャンマーで、西部ラカイン州を中心に暮らすイスラム教徒。政府はバングラデシュからの移民とみなし、大半を国民と認めていない。長く迫害されてきたが、8月下旬にあったロヒンギャとみられる武装集団による警察施設襲撃をきっかけに、治安部隊の活動が本格化。掃討作戦で家を追われ、40万人超のロヒンギャ難民がバングラデシュに逃れる事態になっている。

2017年9月24日18時13分    朝日新聞デジタル