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「朝鮮半島は中国の一部」武帝に倣う習近平氏の危うさ  編集委員 中沢克二

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トランプ米大統領は、習近平主席の「数千年の歴史」を巡る講釈にたじろいだ?(7月、ドイツ・ハンブルクのG20首脳会合))=共同

 「朝鮮半島は事実上、中国の一部だった」。中国国家主席習近平が4月、米フロリダで大統領のトランプに10分間で講義した内容は、今後の朝鮮半島情勢を左右する可能性がある。外交解決を優先してきた米国務長官のティラーソンでさえ「軍事的な準備」を口にするなか、朝鮮半島の有事を想定した米韓合同の指揮所演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」が韓国で始まり、今後中国軍がとる行動と深く絡むからだ。

 トランプが習の口から聞いた話として、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルに語った内容は「Korea actually used to be a part of China(かつてKoreaは中国の一部だった)」というもの。「Korea」は北朝鮮ではなく、朝鮮半島全体を指すと説明した。韓国紙は社説で猛反発し、「通訳の誤訳」という分析まであった。

 だが、東洋史に詳しい関係筋は「的外れだ。古代史を知るなら西漢前漢)の武帝の事績を思い起こすべきだ。ヒントは2013年秋の習近平によるカザフスタン演説にある」と指摘する。

■「一帯一路」で張騫を持ち出す

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習近平氏が外交演説で繰り返し触れる、漢の武帝が西域に送った使者、張騫(円山応挙の下絵による京都祇園山鉾の胴掛刺しゅう、撮影は伊藤航)
 カザフスタンの首都アスタナは、建築家の黒川紀章の都市計画による人工都市だ。13年9月7日、習はナザルバエフ大学における講演で、30億人の市場を想定する「新シルクロード経済帯」を提唱した。1カ月後、インドネシアで口にした「海上シルクロード」と共に「一帯一路」と呼ぶ大構想になる。

 カザフの講演で、習は前漢の第7代皇帝、武帝が西域に派遣した張騫の名を挙げて「平和友好の使者」と絶賛した。だが、張騫は単なる平和の使者ではない。後に武帝匈奴を討って国土を広げた際、道案内役を務めたのだ。武帝が遠征で、1日千里を走る名馬「汗血馬」を手に入れた故事は有名である。

 武帝は「西進」に続いて、「東進」へと動いた。現在の中国遼寧省から朝鮮半島まで広大な地域の征服だ。紀元前108年、衛氏朝鮮を滅ぼして、漢の出先機関として楽浪郡など4郡を置いた。楽浪郡は現在の北朝鮮の首都、平壌付近だ。中原の主は変遷するが、楽浪郡は形を変えつつ400年以上続く。

 朝鮮半島史に疎いトランプは、習の講義をうのみにして米紙に話した。注目すべき点は、あえて「数千年の歴史と多くの戦いが絡み…」と紹介した部分だ。この文脈からも2100年余り前、朝鮮半島の北部を制した武帝が設置した楽浪郡こそ、「中国の一部だった」という意味と推測できる。楽浪郡の南部には、後に帯方郡も置かれた。この2郡は古代日本とも関わりが深い。

 一方のトランプは、建国250年弱の米国の大統領だけに、習から数千年の歴史を持ち出されてたじろいだ。そこで、火遊びを続ける金正恩の説得を、ひとまず習に任せる気になったのだろう。だだし、期限は100日で、すでにそれは行き詰まった。
 韓国が「習・トランプ密談」の中身に反発したのは、「中国が古代朝鮮半島の大国、高句麗を中国の地方史に組み入れる歴史書き換えの試みの延長線上にあるのでは」と疑ったからでもある。そんな韓国の心理を考えつつ、初夏の頃、ソウルの国立中央博物館を訪れると、その一端が透けて見えた。

 日本人なら、だれでも高校世界史の教科書で、張騫と並んで武帝による楽浪郡の設置を習う。ところが、韓国の代表的な博物館は、楽浪郡の400年にわたる歴史をほぼ素通りしている。古朝鮮の展示から、いきなり高句麗百済新羅の「三国時代」に入るのだ。韓国の学会には楽浪郡朝鮮半島になかった、という説がある。これは平壌付近の発掘が示す考古学の成果を無視している。

■「習・王連合」は歴史好き

 それでは、中国の態度はどうか。習発言の確認を求められた中国外務省スポークスマンは「韓国民が心配する必要はない」と、あえて肯定も否定もしなかった。中国外務省に習の密談を解釈する権限はない。外交演説で何度も張騫に触れた習が、武帝のもう一つ事績である東方経営に詳しいことを知っていれば済む。

 だが、敏感な歴史問題を含む楽浪郡を持ち出せば、地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)問題で揺れる中韓関係の傷口に塩を塗りかねない。中国外務省は、巧みにそれを避けたようだ。

 習近平の歴史好きには、盟友である最高指導部メンバー、王岐山の影響もある。2人は陝西省の延安地方で知識青年として「下放時代」を過ごした。まだ15歳だった習は、王岐山と共にオンドルの上で寝て、当時は貴重だった書物を借りて読みふけった。

 王岐山は読書家である。17年5月に亡くなったユーラシア史研究の碩学(せきがく)である東京外国語大学名誉教授、岡田英弘の著作を読んだと語り、異例の賛辞まで送った。15年4月23日、米スタンフォード大の政治学フランシス・フクヤマ、経済学者の故青木昌彦、中信集団(CITIC)傘下の中信証券の上級役員だった徳地立人と北京の中南海で懇談した際、長々と岡田英弘論をぶった。

 岡田英弘は中国、日本を問わず歴史の捏造(ねつぞう)に切り込み、武帝朝鮮半島の歴史も独自の視点から論じた。詳しくは岡田英弘著作集(藤原書店)を参照してほしい。いずれにせよ、言論の自由を縛る中国共産党王岐山が、中国史の裏側をえぐる岡田英弘の著作で熱弁を振ったというのは興味深い。

 「習主席には中華民族の復興を成し遂げ、現代の武帝になってほしい――」。中国のインターネット上には“官製”とおぼしき書き込みが目立つ。習は、西では「新シルクロード経済帯」に絡めて張騫の名を挙げ、東では「朝鮮半島は中国の一部だった」と口にする。庶民が習を武帝に重ねるのは仕方ない。

朝鮮半島で橋頭堡を確保へ

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米韓演習の名の乙支(ウルチ)は、隋の大軍を破った高句麗の英雄、乙支文徳(ウルチムンドク)の姓を冠したもの(ソウルの戦争記念館)

 武帝は武力に訴えて、西域の経営に直接踏み出した後、東の朝鮮半島にも楽浪郡などの橋頭堡(きょうとうほ)を築いた。現在の朝鮮半島を見ると、北朝鮮は不完全ながら、中国にとって橋頭堡の役割を果たしてきた。北朝鮮のおかげで、在韓米軍と直接対峙しなくて済むのだ。しかし、核・ミサイルを持った金正恩は、もう習近平の言いなりにはならない。

 米韓演習「乙支フリーダム・ガーディアン」は、金正恩を想定した「斬首作戦」までも見据えるという。演習名の冒頭にある「乙支=ウルチ」は、高句麗の将軍、ウルチムンドク(乙支文徳)の名にちなむ。7世紀初頭、中華世界を再統一した隋の煬帝が繰り出す30万の大軍を、今の平壌に近い薩水(サルス)の戦いで破った英雄だ。高句麗はその300年前、中華世界の出先の楽浪郡を滅ぼして国土に組み入れた。

 仮に、米軍が北朝鮮攻撃に踏み切った場合、習近平は決断を迫られる。武帝に倣うなら中国軍北朝鮮に侵入させて「現代版楽浪郡」を置くという手もある。中国が操ることができる完全な橋頭堡づくりには、習近平を無視する金正恩の首をすげ替えることが条件になる。これでは、米韓による「斬首作戦」の中国版になってしまう。決断は簡単ではない。(敬称略)

2017/8/23 2:00    日経新聞

 

中沢克二(なかざわ・かつじ) 1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞