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直虎別人説に新たな史料…美術館長、自説を補強

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新たに見つかった「河手家系譜」の一部。河手景隆が「井ノ直虎」を補佐したことが記されている(東山区で)

 NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」の主人公で戦国時代の女性武将とされる井伊次郎直虎について、別人の男性だった可能性を指摘していた井伊美術館(京都市東山区)の井伊達夫館長(74)が10日、自説を補強する新たな史料が見つかったと発表した。

 従来の通説では、直虎は遠江とおとうみ国・井伊谷いいのや(現在の静岡県浜松市)を治めた井伊直盛の一人娘。出家して尼「次郎法師」となったが、直盛らが戦死し、当主として井伊家を支えたとされる。戦国時代の文書には「次郎直虎」の署名が残り、「次郎法師」と「直虎」は同一人物とされてきた。

 これに対し、井伊館長は昨年12月、戦国時代に井伊家の主君だった今川家が家臣の息子を井伊谷の領主として派遣し、「井伊次郎」と名乗らせたとする史料が見つかったと発表していた。

 今回発見されたのは、井伊家が彦根藩として再興した際の重臣・河手家の歴史を記した「河手家系譜」。直虎を支えた河手景隆の子孫が、江戸後期に古い記録を集めて編さん、さらに幕末に加筆したものという。

 文書では「井伊直虎」を「次郎」と同じ人物と示した上で、「井伊次郎は井伊家の人間でなく今川方の者で、(景隆が)次郎法師を後見した」と書かれ、「井伊次郎(直虎)」と「次郎法師」が別人であることを示す記述があった。また、別の箇所には「次郎法師井伊直盛の娘である」と朱書きもあった。

 文書は50年ほど前に井伊館長が彦根藩士の子孫から入手し、今年1月に記述を見つけたという。井伊館長は「江戸時代以前に『直虎』の名が出てくる文書は1通しかなく、実像は謎だった。今回の史料で直虎と次郎法師の関係がより明らかになった」と話している。

2017年04月11日 10時08分    Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 

直虎は「女城主」ではなかった? 別の男性とする新史料

 NHK大河ドラマの主人公としても描かれている井伊直虎(なおとら)。井伊家の史料を収集する井伊美術館(京都市東山区)は10日、「直虎」の名が登場する文献が新たに見つかったと発表した。直虎は、女城主と伝えられてきた次郎法師とは別人の男性だったことを示す史料だとしている。

「おんな城主直虎」は男だった? 大河主人公に新史料
 通説では、今川家の支配下にあった井伊谷(いいのや)城主・井伊直盛(なおもり)の娘、次郎法師(?~1582)が直虎を名乗り、後に徳川家の重臣となる井伊直政の養母になったとされてきた。だが、同館が昨年12月に発表した史料には、次郎法師のいとこにあたる「井伊次郎」という男性に井伊谷の領地が与えられたとあったことから、「井伊次郎=直虎」ではないか、としていた。

 今回発見された「河手家系譜」は、直政時代の重臣家の歴史を幕末期にまとめた史料。河手家の先祖・景隆(かげたか)が「井ノ直虎」を補佐した▽景隆が属した「井伊次郎」は井伊家ではなく今川家出身だった――などと記されている。「井ノ直虎」の横に「次郎也(なり)」、余白に「次郎法師ハ直盛公御女(おんむすめ)也」と朱書きもあったが、書き加えられた時期は示されていない。

 「直虎」の文字が残る史料は、1568(永禄11)年、直虎が連名で徳政令を出した時の書状しか見つかっていなかった。

2017年4月11日08時50分    朝日新聞デジタル