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岐阜城の裏門周辺、信長が城主時代の石垣か

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左上の石が、石垣の一部で、信長が造った可能性が高いという=増実健一撮影

 岐阜城の調査に取り組む民間団体「岐阜城山上石垣整備推進協議会」(柴田正義代表)は2日、中井均・滋賀県立大教授ら城郭研究の専門家を招いて城の遺構がある金華山に入り、石垣の現地調査を行った。

 中井教授らは、城の裏門周辺に残る石垣について「織田信長が城主だった時代に築かれた可能性が高い」との見解を示した。

 協議会によると、金華山には岐阜城の石垣が散在しているが、その調査は観光や山歩きに訪れる人たちがよく通る場所の周辺を中心に進められてきた。今回は協議会のメンバーや中井教授ら約20人が林野庁から許可を得て、岐阜市教委の職員の案内で登山道から外れた場所にある石垣などにも足を運んだ。

 中井教授らは調査で、現在模擬天守が立つ場所の近くにあったとされる裏門の周りに数個点在する1個2~3メートル四方の大きな石に目を留めた。崩落した石垣の名残とされる石だ。

 中井教授は「巨石を自然の岩盤とうまく組み合わせて積み上げている。信長が造った小牧山城(愛知)の石垣と共通する方法だ」などと指摘。岐阜城には、1576年に信長が去った後も1600年の落城までに歴代城主が度々、手を加えたとされるが、その時期の石垣造りとは特徴が異なるという。

 また、日本城郭協会の加藤理文理事は「信長が、金華山のどの範囲を『城』と意識していたかがうかがえる」などと語った。

 調査に同行した市教委の職員は、今回の指摘を踏まえて「改めて測量などを行う必要がある」と述べた。協議会は、石垣の遺構を将来的に歴史観光などに活用することを提案しており、柴田代表は「調査が、岐阜城への関心が高まるきっかけになれば」と話した。

2017年04月03日 08時03分    Copyright © The Yomiuri Shimbun