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漱石の手紙、80年ぶりに確認 大山崎山荘の命名案記す

文化

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アサヒビール大山崎山荘美術館京都府大山崎町

 夏目漱石(1867~1916)が、関西の実業家・加賀正太郎(1888~1954)にあてた手紙が約80年ぶりに確認された。漱石は、加賀の別荘「大山崎山荘」(京都府大山崎町)の命名案を記しているが、結果的にいずれの案も採用されなかったという。

 アサヒビール大山崎山荘美術館(同)が9日、明らかにした。手紙は2通。漱石は1915年、加賀の招きで建築中の山荘を訪れた。1通(縦17・5センチ、横115センチ)には訪問のお礼などが、もう1通(縦17・7センチ、横187センチ)は加賀に依頼された山荘の命名案が書いてあった。「水明荘」「冷々荘」「竹外荘」「三川荘」など14案を記し、「気に入らなければ遠慮は入りませんから落第になさい」と加えている。

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 夏目漱石大山崎山荘の命名案を記した手紙=京都府大山崎町アサヒビール大山崎山荘美術館

 手紙の内容は「漱石全集」(岩波書店)にあるが、手紙自体は1935年に一度公開された後、行方不明だった。2年前、父親が国文学者だった千葉県の男性が所有していることがわかったという。

 加賀は大阪で証券会社を経営し、ニッカウヰスキー創業時の出資者。封筒も残されていたほか、箱書きから手紙は加賀によって軸装されていたらしい。中島国彦・早稲田大名誉教授(日本近代文学)は「名前を採用しなかったからといって、加賀は決して漱石を大事にしていなかったわけではない。漱石に敬愛の念を持ち続けていたことがわかる」と話す。

 大山崎山荘はアサヒビールによって美術館として再整備された。3月18日にこの美術館で始まる企画展「生誕150年記念 漱石と京都―花咲く大山崎山荘」(朝日新聞社など主催)で公開される。(渡義人)

2017年2月10日07時45分    朝日新聞デジタル