読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

今日のニュース

気になったニュース

伊達政宗「酔いつぶれ」招待辞退…直筆でわびる

文化

f:id:obaco:20170116131204j:image
政宗が信濃松本城主の石川康長に宛て、酒の接待で飲み過ぎて招待に応じられないことをわびた直筆の書状

 仙台藩祖・伊達政宗の書状と公文書計6点が、宮城県大崎市岩出山出身で神奈川県藤沢市在住の中森高たかしさん(84)から大崎市に寄贈された。

 文書は政宗が20~60歳代に書かれ、宛先も他藩の藩主や身内など様々で、専門家は「政宗の交友関係や酒癖まで分かる貴重な史料」と話す。今年は政宗生誕450年。岩出山は政宗が青年期を過ごした地で、市は今秋にも同地にある伊達家の旧学問所「旧有備館」で一般公開する予定だ。

 中森さんは岩出山伊達家の家臣の末裔まつえい。首都圏の岩出山出身者の親睦会「東京有備会」の会長を務めるなどし、長年にわたって私財を投じて政宗の書状を収集してきた。東日本大震災で被災した旧有備館の修復工事が昨春完了したことから、「復旧した旧有備館で活用してほしい」と寄贈した。

f:id:obaco:20170116131353j:image

中森さんから寄贈された政宗の書状や公文書について解説する大崎市文化財保護委員の佐藤さん

 今回、中森さんから市に寄贈されたのは、本文、花押かおう(書き判)とも政宗直筆の書状2点と、本文は秘書役による代筆だが花押が政宗自身による書状3点、政宗の黒印が押された公文書1点の計6点。

 最も若い時代のものは、政宗が米沢(山形県)にいた天正15年(1587年)、数え21歳の時の書状。三春(福島県)の田村家の親伊達派家臣に宛てたもので、「謀反を企てた伊達家の家臣を成敗したので安心するよう」などとの内容が記されている。

 慶長15年(1610年)、政宗が数え44歳の時に信濃松本城主の石川康長に宛てた書状は、康長から招待を受けたものの、応じられないことを直筆でわびたもの。政宗が「今日は朝から夕方まで酒の接待のため酔いつぶれ、残念ながら伺えない」などとつづった理由が面白い。

 数え68歳の最晩年の寛永11年(1634年)に書かれた書状は、江戸幕府で儀式などをつかさどる職の知人に宛てたもので、「体調が回復したと聞いて安堵あんどした」ことなどが記されている。

 政宗研究家で元仙台市博物館長の佐藤憲一・大崎市文化財保護委員は「各年代の書状がそろっている点は貴重で、花押の変遷も分かる。5点は私信なので、政宗の人柄や交友関係がうかがえ、興味深い」と評価している。

 伊藤康志市長は「寄贈していただき、大変ありがたい。『中森コレクション』と名付け、旧有備館の企画展などで活用していきたい」と話している。

2017年01月16日 10時48分    Copyright © The Yomiuri Shimbun