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医師の冷たい目「人生の原風景」 依存し合える社会を

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「どれだけ社会の役に立つか。そんな物差しは限界にきている」と語る熊谷晋一郎さん=東京都目黒区の東大先端科学技術研究センター

■脳性まひで後遺症 東大准教授・熊谷晋一郎さん(39)

 リハビリを補助する医師が、床に寝そべる自分を上から冷たい目で見下ろしている。東京大学先端科学技術研究センター准教授の熊谷晋一郎さん(39)が、幼い頃に体験し、今も心に残る「人生の原風景」だ。津久井やまゆり園の事件と植松聖(さとし)容疑者(26)の供述を知り、再びその風景が熊谷さんの心に現れた。障害者を取り巻く社会の「時計の針」が巻き戻ってしまわないかと不安が湧いた。

 熊谷さんは生まれて3日目に意識不明に陥り、脳性まひの後遺症が残った。手足が不自由で、車イスに乗る生活を送っている。

 食事から排泄(はいせつ)まで、母親に介助される生活を送った。幼いころの休みには山奥の施設に泊まり込み、リハビリに取り組んだ。ほかに大人がいる時と、自分と2人きりになった時で、態度を一変させる医師がいた。「中には足で踏んづけてくる人もいました。人として扱われなくても、どうすることもできない無力感があった」

 1980年代ごろから、環境が変わった。医学的知見の蓄積により、脳性まひなどの障害は、治療に取り組んでも大幅な改善が見込めないことがわかった。世の中は障害者が「健常者の社会」に適合するように求めてきたが、障害者側に近づく方向に大きくかじを切った。「社会はもっとやわらかく、様々な人を包括できるべきだ」という考えだ。熊谷さんは「障害を持ったままでいいと思えるようになった。時計の針はそうやって進んだ」と振り返る。

 だが、事件は障害者と、差別意識を持つ者との「分断」をあらわにした。

 ログイン前の続き「時計の針を巻き戻すことなく、すべての人のいのちと尊厳が守られる未来を目指してメッセージをわかちあおう」。事件の後、熊谷さんはそんな思いで追悼集会を開いた。約200人が参列し、国内外から追悼の思いが寄せられた。

 事件は日本の社会全体に大きな気づきをもたらしたと熊谷さんは考えている。それは健常者も障害者も、多くの人が「いつか自分が社会にとって不要な存在になり、排除される恐怖を感じている」ということだ。

 人の価値が労働の対価で測られ、グローバル経済の中でだれもが厳しい競争にさらされる。競争に敗れれば、次々と「不要」とされる社会構造。貧富の差が広がり、人工知能(AI)の開発といった技術革新も、従来の仕事を人間から奪っていく。

 「明日にも自分が価値のない存在とされてしまう不安が広がっている社会では、悪意は障害者のような、より不要だと思われている存在に向かいやすくなる」

 どのような社会が望ましいのか。熊谷さんは「人と人が依存し合い、連帯できる社会」と語る。これまでは、重度障害者は施設に依存するしかなかった。一方、健常者なら誰にも依存できなかった。いま、健常者も障害者も同じ不安や恐怖を感じている時代だからこそ、「より人と人との連帯を深めていける可能性がある」と考えている。これから仲間とともに、「依存し合える社会」の形を模索し、提示していくつもりだ。(古田寛也)

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 くまがや・しんいちろう 山口県出身。東大医学部を出て、小児科医に。東大付属病院や千葉県埼玉県の市中病院などに勤務し、昨年から現職。発達障害者薬物依存症患者らと、生活の困難などを話し合い、互いに原因や解決策を提示しあって改善を目指す「当事者研究」に取り組む。

2016年8月24日07時33分 朝日新聞デジタル