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元横綱・千代の富士の九重親方が死去…61歳

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赤い綱を締めて還暦祝いの横綱土俵入りを披露する九重親方両国国技館で、2015年5月31日撮影)

 大相撲で歴代3位の31度の幕内優勝を誇り、「小さな大横綱」と呼ばれた第58代横綱千代の富士九重親方(本名・秋元みつぐ)が31日夕、すいがんで死去した。

 九重親方は昨年9月、がんを患っていることを公表。治療を続ける一方、九重部屋での弟子の指導や、相撲協会での監察委員の業務をこなしていた。7月の名古屋場所にも姿を見せていたが、途中から体調を崩して休場し、帰京していた。

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横綱千代の富士九重親方のひつぎを運び込む力士ら(7月31日午後8時15分、東京都墨田区で)=片岡航希撮影

 北海道福島町生まれ。1970年秋場所で初土俵を踏み、75年秋場所で新入幕を果たした。110キロそこそこと軽量ながら、速攻相撲と抜群の運動神経で頭角を現し、関脇時代の81年初場所北の湖との優勝決定戦を制して初優勝を遂げ、場所後に大関昇進を果たした。

 精悍せいかんな顔立ちから、「ウルフ」のニックネームで呼ばれ、大相撲は空前の「ウルフフィーバー」に沸いた。

2016年07月31日 20時12分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 

小柄で豪快、元横綱千代の富士逝く 死因は膵臓がん

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横綱千代の富士九重親方=2014年9月

 大相撲で優勝31度、角界で初めて国民栄誉賞を受けた元横綱千代の富士九重親方、秋元貢(あきもと・みつぐ)さんが31日午後5時11分、膵臓(すいぞう)がんのため都内の病院で死去した。61歳だった。

 昨年9月には、がんの手術を受けていたことを公表していた。

 北海道福島町出身。同郷だった当時の九重親方(元横綱千代の山)にスカウトされ、1970年秋場所初土俵を踏んだ。74年九州場所十両昇進。75年秋場所新入幕、81年初場所で初優勝を飾り、大関に。同年の名古屋場所後に58代横綱に昇進した。

 激しい前傾姿勢からせりあがる横綱土俵入りがトレードマーク。181センチ、127キロと力士としては小柄だったが、鍛え抜かれた体で豪快な上手投げなどを繰り出し、ファンを魅了した。度重なる肩の脱臼などのけがに耐えつつ、大型力士に真っ向勝負を挑む姿が人気を呼び、「ウルフ」と呼ばれて愛された。

2016年7月31日21時31分 朝日新聞デジタル

 

九重親方死去 元横綱千代の富士、61歳

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1981年大相撲秋場所、新横綱千代の富士(中央)の土俵入り。左は保志(日本相撲協会理事長の八角親方)

 元横綱千代の富士九重親方、秋元貢(あきもと・みつぐ)さんが31日、死去した。61歳だった。

 北海道福島町出身。同郷だった当時の九重親方(元横綱千代の山)にスカウトされて1970年秋場所初土俵を踏み、81年初場所で初優勝。同年の名古屋場所後に58代横綱に昇進した。優勝回数は歴代3位の31回。度重なる肩の脱臼などのけがに耐えつつ、力士としては小さな体で奮闘する姿にファンから「ウルフ」などと愛され、人気を誇った。89年には角界初となる国民栄誉賞を受賞。91年5月に引退した後は九重部屋を継承し、元大関千代大海(現佐ノ山親方)らを育てた。

2016年7月31日19時33分 朝日新聞デジタル

 

 

横綱千代の富士 九重親方が死去 61歳、国民栄誉賞

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 大相撲の元横綱千代の富士九重親方(本名・秋元貢)が31日、死去した。61歳だった。北海道福島町生まれ。1970年秋場所で初土俵を踏み、81年に第58代横綱に昇進。通算1045勝、優勝31回を果たした。引退後は九重親方として後進の指導に尽力。89年9月には角界初の国民栄誉賞を受賞した。

2016/7/31 19:19 日経新聞

 

横綱千代の富士九重親方が死去 61歳

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九重親方(第58代横綱千代の富士)(写真は2014年9月1日)

 大相撲の元横綱千代の富士九重親方が死去したことが31日、分かった。61歳だった。

 ◆九重貢(ここのえ・みつぐ)元横綱千代の富士。本名は秋元貢。1955年(昭30)6月1日、北海道松前郡福島町生まれ。70年秋場所初土俵。75年秋新入幕。81年秋から横綱に。通算1045勝。優勝31回。三賞7度。金星3個。89年には国民栄誉賞に輝いた。91年夏場所限りで引退後、年寄陣幕襲名。92年4月に九重を襲名し部屋の師匠に。08年2月に理事初当選。広報部長、審判部長、巡業部長などを経て、12年2月から事業部長。15年名古屋場所を休場し、膵臓(すいぞう)がんの手術を受けていた。家族は夫人と1男2女。現役時代は183センチ、127キロ。

日刊スポーツ  7月31日(日)18時45分配信