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人気ピアニスト、中村紘子さん死去…文筆活動も

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中村紘子さん

 国民的な人気のピアニストとして活躍し、機知に富んだ文筆活動でも知られた中村紘子(なかむら・ひろこ、本名・福田紘子=ふくだ・ひろこ)さんが26日午後10時25分、大腸がんのため死去した。

 72歳だった。告別式は近親者で済ませた。喪主は、夫で芥川賞作家の庄司薫氏。

 山梨県生まれ。3歳で斎藤秀雄らが主宰した「子供のための音楽教室」に入り、後にチェロ奏者となった堤剛さんらと学んだ。天才少女と評判になり、1959年、「音楽コンクール」(現・日本音楽コンクール)で史上最年少で第1位特賞となり、楽壇デビュー。60年には、NHK交響楽団が初めて行った世界一周演奏旅行のソリストに抜てきされた。米国留学の後、65年にショパン国際ピアノコンクールで日本人初の第4位に入賞し、名声を確立した。

2016年07月29日 00時14分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

 

 

中村紘子さん死去 72歳、ピアニスト

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デビュー50周年アルバムのレコーディングをする中村紘子さん(2009年5月、長野県軽井沢町

 戦後日本のクラシック界をけん引したピアニストの中村紘子(なかむら・ひろこ、本名=福田紘子=ふくだ・ひろこ)さんが26日午後10時25分、大腸がんのため死去した。72歳だった。連絡先はジャパン・アーツ広報宣伝部。お別れの会を行うが日取りなどは未定。喪主は夫で作家の庄司薫さん。

 小澤征爾さんらを輩出した桐朋学園の「子供のための音楽教室」で学び、早くから天才少女ピアニストとして注目を集めた。1959年に日本音楽コンクール第1位。翌60年にはNHK交響楽団の初の世界ツアーに同行するという華々しいデビューを飾った。

 その後、米ジュリアード音楽院に留学し、65年にショパン国際ピアノコンクールで入賞。芥川賞作家の庄司さんと結婚し、著書「チャイコフスキー・コンクール」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞するなど文筆家としても知られた。

 紫綬褒章日本芸術院賞・恩賜賞など受賞多数。ショパン・コンクールをはじめコンクールの審査員も数多く務めた。日本赤十字社などを通じたボランティア活動にも積極的に取り組んだ。

 2015年1月にがん治療のため活動中止を発表したが、その後復帰。休養をはさみながらも活動を続け、今年5月に兵庫県で行ったリサイタルが最後の公演となった。

 庄司さんは「誕生日(7月25日)をむかえる日も、このところみつけた、モーツァルトからラフマニノフまで、音色に新しい輝きを与える奏法を試すのだといって、興奮していました。ぼくも、それを聞きたいと熱望していました。残念です」とのコメントを出した。

2016/7/29 0:47 日経新聞

 

 

中村紘子さん死去 国際的に活躍したピアニスト、72歳

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中村紘子さん

 国際的に活躍し、後進の育成にも情熱を傾けたピアニストの中村紘子(なかむら・ひろこ、本名福田紘子〈ふくだ・ひろこ〉)さんが26日、大腸がんで死去した。72歳だった。葬儀は28日に近親者で営まれた。後日、お別れの会を開くという。

 1944年、山梨県生まれ。幼少からピアノを始め、井口愛子氏に師事。慶応中等部3年だった59年、日本音楽コンクールで優勝。米ジュリアード音楽院でロジーナ・レビン氏に師事し、65年にショパン国際ピアノコンクールで4位入賞、最年少者賞を受けた。

 世界各地で公演をしながら、チャイコフスキー国際コンクールやショパン国際ピアノコンクールなど数々の権威あるコンクールの審査員も務めた。また、97年から約12年間にわたって浜松国際ピアノコンクールの審査委員長を務めるなど若手ピアニストの発掘や育成にも尽力した。

 89年、国際コンクールの舞台裏を書いた著書「チャイコフスキー・コンクール」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。その後もエッセイ集「ピアニストという蛮族がいる」を出版するなど、文筆家としても活躍した。さらにカレーのテレビCMに出演するなど、広く親しまれた。

 私生活では74年、芥川賞作家の庄司薫さんと結婚。精力的に活動を続けてきたが、2014年に大腸がんが見つかり、一時休養していた。昨年6月に本格復帰を宣言したが、同8月に活動休止を発表。今年の春から活動を再開するなど、復帰と休養を繰り返していた。

2016年7月29日00時11分 朝日新聞デジタル