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PL学園が初戦敗退、休部へ 甲子園7度Vの名門

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全国高校野球選手権大阪大会の2回戦で敗れ、涙を流すPL学園ナイン(15日、大阪府東大阪市の花園中央公園野球場)=共同

 高校野球の甲子園大会で春夏合わせて7度の優勝を飾り、今夏限りでの休部が決まっているPL学園が15日、大阪府東大阪市の花園中央公園野球場で行われた全国選手権大阪大会の初戦の2回戦で東大阪大柏原に6―7で敗れた。

 同校は2014年10月に新年度からの新入部員募集停止を決め、今大会に出場資格があったのは3年生部員11人のみだった。来春の部員募集予定はなく、活動再開の時期は白紙となっており、一時代を築いた全国屈指の名門は栄光の歴史に一区切りを付けた。

 PL学園は1点を追う七回に藤村哲平の2点本塁打で逆転。しかし直後に追い付かれると、八回にも1点を許し、力尽きた。

 PL学園の硬式野球部は1956年に創部し、62年春の選抜大会で初めて甲子園大会に出場。鮮やかな「人文字」の応援でアルプス席を彩り、78年夏の全国選手権大会で初優勝を果たした。

 80年代に入ると桑田真澄清原和博立浪和義らの活躍で黄金時代を迎え、甲子園大会を6度制覇。幾多の名勝負を繰り広げ、名実ともに高校球界の頂点に立った。

 しかし、2001年に暴力事件が発覚して6カ月の対外試合禁止処分を受けてからはチーム力が低下。13年に暴力事件で再び6カ月の対外試合禁止処分を受けると校長が監督を兼任するなど迷走状態が続き、今年2月には今夏の大会を最後に休部することが明らかになった。〔共同〕

2016/7/15 18:46 日経新聞

 

 

PL学園、最後の夏終わる 大阪大会初戦、1点差で敗退

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四回表の攻撃前にかけ声をかけるPL学園の選手たち=15日午後3時10分、大阪府東大阪市、伊藤進之介撮影

 15日の第98回全国高校野球選手権大阪大会で、今夏を最後に休部となるPL学園は、5年前の代表校・東大阪大柏原との初戦(2回戦)に臨み、6―7で敗れた。昨年度から新規部員の受け入れを停止しており、来年度の新規募集の見通しも立っていない。今大会は3年生12人(選手登録は11人)で臨んでいた。

 PL学園は、春夏計37回甲子園に出場し、7回の優勝を果たした。桑田真澄投手、清原和博選手の「KKコンビ」がいた1983、85年夏に優勝し、立浪和義片岡篤史の両選手らがいた87年には春夏連覇も果たした。前田健太投手(ドジャース)や福留孝介選手(元カブス、現阪神)ら大リーガーも輩出している。

2016年7月15日16時47分 朝日新聞デジタル

 

PL学園、大阪大会で初戦敗退…野球部休部へ

 第98回全国高校野球選手権の大阪大会2回戦が15日行われ、甲子園で春夏7度の優勝を誇るPL学園が6―7で東大阪大柏原に敗れ、初戦で姿を消した。

 PL学園は昨年度から部員の募集を停止しており、現在の部員は3年生12人(1人は記録員)しかいないため、休部となる。

 PL学園は春夏37度甲子園に出場し、春3度、夏4度優勝。1983年と85年夏には桑田真澄清原和博の「KKコンビ」を擁して優勝し、ファンを沸かせた。阪神福留孝介外野手、米大リーグ・ドジャース前田健太投手ら数多くのプロ野球選手を輩出した。

2016年07月15日 17時33分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
 
 

 

PL学園休部の経緯】


’13年2月
●部員による暴力事件が発覚、6か月間の対外試合禁止処分で夏の大阪大会への出場辞退。同年4月に河野監督が辞任

’13年10月
近畿大会から野球経験のない正井校長が暫定的に監督を務めるも、1回戦敗退

’14年10月
●秋季近畿大会の1週間前に新年度の新規野球部員の募集停止が判明

’15年1月10日
●野球部OB会会長が嘆願書を提出。野球部員新規受け入れ再開を要求

’15年2月16日
●正井校長は嘆願書を受け取ったことを明かすも「今後は未定」と回答

’15年4月
●新しく校長に就任した草野裕樹氏が野球部監督を務めることを発表

’15年5月26日
●’16年度も新入部員の募集を停止することが判明

’16年2月17日
●同校事務職員で剣道部OBの川上祐一氏の監督就任を発表。あわせて夏の大会終了後の「自動的休部」を発表

PL学園野球部、実質上“廃部”の経緯。報道で初めて知った現役の部員たち | 日刊SPA!