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永六輔さん死去…放送作家・作詞など多方面活躍

追悼

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永六輔さん

 草創期のテレビ界で放送作家として活躍し、「上を向いて歩こう」をはじめ多数のヒット曲を作詞するなど多方面で才能を発揮した永六輔(えい・ろくすけ、本名・永孝雄=えい・たかお)さんが死去したことが11日分かった。

 83歳だった。

 東京・浅草出身。10代の頃のNHKラジオへの投稿がきっかけで放送作家の道へ進む。ラジオや草創期のテレビ番組に携わり、1961年から66年まで放送されたNHK「夢であいましょう」などの人気番組の脚本を書くかたわら、自らも番組に出演し、独特の早口なしゃべりで人気者になった。

 作詞家としては、中村八大さんが作曲し、水原弘さんが歌った「黒い花びら」が59年に第1回日本レコード大賞を受賞。以後も中村さんとのコンビで「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」「遠くへ行きたい」などの国民的ヒット曲を送り出した。

2016年07月11日 13時36分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

 

永六輔さん死去 放送界の草分け、マルチに活躍

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六輔さん=2013年6月、大阪市内で

 放送作家の草分け的存在でタレント・作家の永六輔(えい・ろくすけ、本名永孝雄〈えい・たかお〉)さんが死去したことが11日、分かった。83歳だった。

 東京・浅草の浄土真宗の寺に生まれた。10代後半でNHKラジオ「日曜娯楽版」に投稿を始めた。早大在学中から、開局して間もないNHKテレビや日本テレビの番組で台本などを手がけ、放送作家として腕を磨いた。

 作詞家としては、作曲家中村八大とのコンビで、日米両国で大ヒットした「上を向いて歩こう」(1961年)や「こんにちは赤ちゃん」を送り出した。いずれもNHKのバラエティー番組「夢であいましょう」から生まれた曲で、テレビ番組の企画・演出なども含めマルチな才人ぶりを発揮した。梓みちよが歌った「こんにちは~」、水原弘による「黒い花びら」はレコード大賞を受けた。

2016年7月11日13時31分 朝日新聞デジタル

 

 

永六輔さん死去 「上を向いて歩こう」作詞、83歳

 

 坂本九さんの「上を向いて歩こう」など数多くの名曲の作詞を手掛け、ラジオやテレビの放送作家や司会者としても活躍した作詞家でタレントの永六輔(えい・ろくすけ=本名=永孝雄=えい・たかお)氏が7日に死去したことが11日、わかった。83歳だった。

 東京都出身。早稲田大在学中に作詞・作曲家の三木鶏郎氏の「冗談工房」に入り、放送界デビュー。NHKの人気番組「夢であいましょう」の台本を担当するなど放送作家として活躍。ラジオ番組にも自ら司会者として出演するなど視聴者らの高い支持を得た。2013年9月まで46年間続いたラジオ「永六輔の誰かとどこかで」は全国番組として最長だった。

 作詞家としても高い才能を発揮。特に作曲家の中村八大さんとのコンビは有名で、米国でも「スキヤキソング」として全米チャート1位となり大ヒットした坂本九さんの「上を向いて歩こう」や、梓みちよさんの「こんにちは赤ちゃん」、水原弘さんの「黒い花びら」など、数多くの名曲を世に送り出した。

 エッセイスト・作家としても知られ、「職人」「親と子」「芸人」などの著書がある。

 10年にパーキンソン病であると公表していた。

2016/7/11 13:45 日経新聞

 

永六輔さん死去 83歳

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永六輔さん

 タレントの永六輔さんが死去したことが11日、わかった。83歳だった。死因などは明らかになっていない。

 永さんは1946年からパーソナリティを務めていたTBSラジオ『六輔七転八倒九十分』を背中痛のため今年2月に休養。復帰を目指したものの、6月27日の放送をもって番組を終了した。

 東京・浅草出身。ラジオや草創期のテレビ番組に携わり、NHK『夢であいましょう』(1961年~1966)などの人気番組の脚本を担当し、自らも番組に出演。独特の早口なしゃべりで人気者を博した。

 エッセイストとしても数々の作品を発表し、1994年に出版した『大往生』は200万部を超えるベストセラーに。作詞家としては、中村八大さんが作曲し、水原弘さんが歌った「黒い花びら」が1959年に第1回日本レコード大賞を受賞。そのほか「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」「遠くへ行きたい」などのヒット曲を送り出した。

2016-07-11 14:37 ORICON STYLE

 

 

京都・大原・三千院… 観光客増加、永さんの曲のおかげ

 「おさななじみ」「女ひとり」など永さん作詞によるヒット曲を多く持つデューク・エイセスのリーダー、谷道夫さん(81)は「大恩人を亡くし、悲しみに耐えません。ご冥福をお祈りいたします」とコメントした。

 「女ひとり」に登場する京都・大原、三千院京都市左京区)の僧侶、野村誠人(まこと)・総務課長は「永さんが歌を作ってくださるまでは、京都の街中から遠い大原に観光客が来てくれることは少なかった。歌がブームになって参拝の人たちも増え、三千院にとってはCMソングを作って頂いた感じで、ありがたいこと」と話す。

 冒頭で三千院が描かれるこの曲のヒット以降、一人旅で訪れる女性も増えたという。「永さんは京都の中心にあるお寺や神社だけでなく、街中から離れたしっとりとしたお寺を詩にしてくれる人でした。歌を作った後も三千院を訪れ、当時の門主(住職)と対談しました。とても残念です」(谷辺晃子、岡田匠)

2016年7月11日21時17分 朝日新聞デジタル