今日のニュース

気になったニュース

池上彰の大岡山通信 若者たちへ

f:id:obaco:20150201173639j:plain

後藤さんの志を受け継ぐために

 いまの気持ちをどう表現したらいいのか。怒りと衝撃と深い悲しみと――。

 人質になっていたジャーナリストの後藤健二さんが殺害されたというニュースが飛び込んできました。人間は、こんなにも残酷になれるものなのか。悲しみは怒りに変わります。

■冷戦のタガ外れ、民族主義や宗教心が高揚

 イスラム過激派組織の自称「イスラム国」。世界は、とんでもない化け物を生み出してしまいました。

 先週金曜日は、東京工業大の後期講義の最終日。後藤さんの安否が不明な中で、私は学生たちに、今回の事件を歴史の中に位置づける視点を持ってほしいと話しました。

 第2次世界大戦後、世界は、3度目の世界大戦が起きないようにと、国際連合を組織しました。

 しかし、東西冷戦が始まり、世界は米国陣営とソ連陣営に二分されます。米国とソ連は対立するものの、実際の戦争にはならずに「冷たい戦争」を戦います。その結果、「冷たい平和」が誕生します。

 その一方、米国とソ連の対立の周辺部で代理戦争が勃発します。朝鮮戦争であり、ベトナム戦争でした。アフリカではアンゴラ内戦も起きました。

 東西冷戦の中で育った私にとって、ベルリンの壁崩壊に続く東西冷戦の終結は、新しい歴史の幕開けでした。ようやく平和な世界が来る。そう思ったのですが……。

 実際には、各地で地域紛争が頻発します。湾岸戦争や旧ユーゴスラビア内戦などが、その例です。

 東西冷戦というタガがはずれ、それまで隠れていた民族主義や宗教心の高揚が起きたのです。

■歴史から学び、次の悲劇防ぐ仕組みを

 中東では、イラクフセイン大統領が、金持ちの隣国クウェートを侵略します。これに脅(おび)えたサウジアラビアは、米国に支援を要請。米軍がサウジに駐留する一方、米国主導で多国籍軍が組織され、イラクを攻撃。イラククウェートから撤退しました。

 その一方、異教徒がイスラム教の聖地であるサウジに駐屯したことに怒ったウサマ・ビンラディンは、サウジの国王の方針を批判したため、国外追放になります。

 ビンラディンは、かつていたことのあるアフガニスタンに移り、タリバン政権の庇護(ひご)の下、反米テロネットワーク「アルカイダ」を組織し、2001年9月、米同時多発テロを引き起こしたのです。

 怒った米国は、アフガニスタンを攻撃し、さらにイラクまでも攻撃しました。フセイン政権を倒したのです。これにより、イラク国内は大混乱。内戦状態の中で、「イラクイスラム国」の前身組織が誕生します。

  その後、「アラブの春」の盛り上がりの中で、隣国シリアが政府軍と反政府勢力による内戦状態に陥ると、「イラクイスラム国」は、「イラクとシリアのイス ラム国」と組織名を変え、シリア内戦に介入します。ここで力を蓄えた組織はイラクに戻って、「イスラム国」に改名。もはや活動領域はイラクやシリアにとど まらない、イスラム世界全体を統一するのだという野望を示したのです。

 民族主義と宗教心の高揚。それが、各地に過激組織を生み落としました。

 各地で頻発するようになった紛争を取材していたのが、後藤健二さんでした。常に弱い者に目を向け、日本に、そして世界に惨状を伝えようとしていた後藤さん。そんな後藤さんの無念さを思うと、言葉もありません。

 こうした悲劇を防ぐには、どうすればいいのか。即効薬はありませんが、いまこそ求められるのは歴史観ではないのか。人間の愚かさと知恵の詰まった歴史を学ぶ中から、次の悲劇を防止する仕組みを構想する。

 そのために、若い人たちに、今回の悲劇を歴史の中に位置づける視点を伝えていきたい。さらに後藤さんの遺志を若い世代に伝える。私には、これしかできないという無力感の中で決意しています。

いけがみ・あきら ジャーナリスト。東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい教養講座」「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)。長野県出身。64歳。
画像の拡大

い けがみ・あきら ジャーナリスト。東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から 11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい教養講座」「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)。長 野県出身。64歳。

2015/2/1 13:53 日経新聞