人間の深層心理や生理的な好悪の感覚を、日常の風景の中で表現した作家で文化勲章受章者の河野多惠子(こうの・たえこ、本名市川多惠子〈いちかわ・たえこ〉)さんが29日、呼吸不全で死去した。88歳だった。葬儀は近親者で行い、後日お別れの会を開く。喪主はおい明さん。

 26年、大阪生まれ。大阪府女子専門学校(現大阪府立大)卒。丹羽文雄主宰の同人誌「文学者」に参加。52年に上京、勤めながら創作を続けた。幼い少年への執着と愛を描き、61年「幼児狩り」で注目され、63年に「蟹」で芥川賞受賞。女性受賞者は14年ぶりだった。「不意の声」(69年、読売文学賞)では亡父に導かれて殺人を犯す女性、70年の「回転扉」では夫婦交換などタブーに触れる作品で話題になった。

 谷崎潤一郎を敬愛した。評論「谷崎文学と肯定の欲望」(77年、読売文学賞)など批評家としても活躍。谷崎的マゾヒズムの視点から次々と小説を発表し、「一年の牧歌」(80年、谷崎潤一郎賞)、「みいら採り猟奇譚」(91年、野間文芸賞)、「後日の話」(99年、伊藤整文学賞)、「半所有者」(02年、川端康成文学賞)など夫婦の無意識の欲望に分け入った。

 87年に大庭みな子と共に女性初の芥川賞選考委員になり07年まで務めた。日本芸術院会員、昨年11月には文化勲章を受章。夫で洋画家の市川泰さんが12年に死去した後、体調を崩し入院することもあった。自らの少女時代を題材に年2、3作のペースで発表していた。

2015年1月30日10時56分 朝日新聞