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纒向遺跡から占いの骨が初出土 弥生文化も継承か

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纒向遺跡から出土した卜骨。指で示した部分に占いに使った痕跡が残る=26日、奈良県桜井市、林敏行撮影

 女王・卑弥呼(ひみこ)が治めた邪馬台国の有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡(国史跡、3世紀初め~4世紀初め)で、占いに使われた動物の骨「卜骨(ぼっこつ)」(3世紀後半~4世紀初め)が初めて見つかった。市教委が29日発表した。弥生時代に日本に広まった占いの方法が、その後もヤマト王権の中心地とされる纒向で継承されていたことになる。

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 動物の骨などを焼いて、表面に生じたひび割れや色調の変化で吉凶を占った方法は、中国の史書「魏志倭人伝」にも記録されている。今回見つかったのはイノシシの右肩甲骨で、長さ16・7センチ、幅6・7センチ。焼けた棒状のものを当てたとみられる丸い焼け跡が3カ所にあった。卜骨は中国から伝わり、弥生時代はシカやイノシシの肩甲骨を使う例が多く、古墳時代以降はウミガメの甲羅を使う卜甲(ぼっこう)も現れた。

 2009年に確認された3世紀前半としては国内最大規模の大型建物跡の東側で、楕円(だえん)形の穴(直径約2・2メートル、深さ約1・1メートル)から土器や木製品、獣骨と一緒に見つかった。今回、卑弥呼の時代の建物跡は確認されなかった。

 市纒向学研究センターの寺沢薫所長(考古学)は、骨や亀の甲羅を使う占いが7世紀後半からの律令国家で国の機構の一部に組み込まれたと指摘。「弥生時代に民衆レベルで行われた骨占いが、国家的なものに変わっていく経緯を考えるうえで重要だ」、石野博信・兵庫県立考古博物館長(考古学)は「卑弥呼の後継者の女王・台与(とよ)の時代に伝統的な卜骨が行われ、居館域の東側に祭祀(さいし)を行う特殊な空間が広がっていた可能性もあるのでは」と話す。

 現地説明会は2月1日午前10時~午後3時。問い合わせは市纒向学研究センター(0744・45・0590)。(塚本和人)

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 〈纒向遺跡〉 東西約2キロ、南北約1・5キロの大規模集落遺跡。卑弥呼の墓説のある箸墓(はしはか)古墳(全長約280メートル)など最古級の前方後円墳が点在。東海や北陸、山陰など各地の土器が出土し、運河が縦横に走るなど都市機能を備えていたとされる。

2015年1月30日17時14分 朝日新聞

 

 

奈良・纒向遺跡、占いの獣骨「卜骨」出土

 邪馬台国のあった場所として有力とみられている奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、3世紀後半~4世紀初頭に占いに使われた獣骨「卜骨(ぼっ こつ)」が出土し、調査した同市教育委員会が29日発表した。同遺跡では祭祀(さいし)に関連した様々な遺構や遺物が見つかっているが、卜骨の発見は初め て。

 魏志倭人伝は3世紀の日本の習俗として「物事を始めたり旅をしたりする際、骨を焼いて吉凶を占う」と記述している。

 見つかった卜骨はイノシシの右肩甲骨で長さ約17センチ、幅約7センチ。一部を平らに薄く削り、火の付いた棒を押し当てるなどしたとみられる痕跡が少なくとも3カ所あった。

 獣骨を加熱し、ひび割れの形で占う卜骨は亀の甲羅を使う卜甲(ぼっこう)と共に古代東アジアで広く見られる。日本では弥生時代以降、シカやイノシシなどの骨を使った例が各地で出土している。

 寺沢薫・桜井市纒向学研究センター所長の話 弥生時代、農耕などに関する民衆の占いだったとみられる卜骨・卜甲は、古墳時代になると、少なくなるが、律令制度で国家祭祀に取り入れられた。今回、ヤマトの王権の中枢で発見され、変化を探る手掛かりになるのではないか。

2015/1/29 22:27  日経新聞